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鑑定へのごだわり


宮立命の鑑定方法

単なる吉凶を観る占いから、人生リフォームへ

私が何故、占い師になったのか?

私が初めて占いというもので、占って貰ったのは30歳になった頃でした。

 

高等学校の電気科を卒業して、地元の家電品販売会社のサービス課に勤務しましたが、1年ほど勤務した時に第一次オイルショックで業績不振に陥りました。その時、私は家電品販売会社を辞めて、知人の紹介でコンピューター周辺機器の開発をベンチャーで立ち上げた会社に転職しました。

しかし、そのベンチャー企業も6年ほど勤務したところで、不況の煽りを受け業績不振から倒産の憂き目に遭ったのです。

それを切っ掛けに、私は電気機器のメンテンナンスを行う仕事で自営業を始めました。だが、自営も業績不振で思うように稼げずジリ貧の生活を余儀なくされたのです。

その時には結婚もしていて、子供も居ました。

脱サラしてからは、業績不振もさることながら、病気、怪我、詐欺と悪いことが続きました。

あまりにも嫌なことが続くので、友人が紹介してくれた占い師に、私の人生を占って貰いました。それが30歳になった頃でした。

 

占いの結果はショッキングな内容でした。

「あなたは、何しても成功はしない、一生成功することは無い」と言われたのです。

何故、成功しないのか?

という質問には、占い師は答えられませんでした。

確かに、その後、60歳に成るまでの、30年間はどんどん奈落に向かいました。

その間には、破産を経験し、離婚もして、家も土地も手放しました。

 

奈落のどん底に陥った50歳代後半に、私は知人の紹介で再び占いもどきの事で鑑定して貰いました。

その時の鑑定の中で

「あなたは、凶方位を散々に犯してきましたね」

私は、「凶方位」とは何ぞや?

 

これがきっかけで占いという物に初めて興味を持ち始めました。

ずっと電子技術の畑を歩いてきた私は、科学で証明出来るものしか信用しませんでした。

「占い=インチキ」、そういう考えが私の中に常にありました。

 

しかし、30年間の散々の人生には、「何かある」と思い知らされてきました。

その「何か」とは、何だろう?

これが占いに入るきっかけになったのです。

 

そして、現在の「紫微斗数」にたどり着くまでに、いくつかの占いを学びました。

紫微斗数にたどり着くまでの様々な占いでは、イマイチ精度が低く、私の60年間の人生に起こったことを的中させる事が出来ませんでした。

 

でも、「紫微斗数」では、私の人生傾向が恐ろしいほど暗示されていました。

さらには、高度な「飛星派」の紫微斗数では過去の出来事が、ことごとく的中しているのです。

まさに、私の人生に起こったことは、生まれた時から「宿命付けられていた」ということに、驚きと落胆を覚えました。

 

だが、「生まれた時から宿命づけられていた」ということでは、此の先の人生も嫌な思いを続けなければならないのか。

それは、困ります。悪いことは何としても避けたいです。

それを解決してくれたのが「欽天四化」の紫微斗数でした。

 

「欽天四化」の紫微斗数では、【生年四化】という星で、人生の基本的な条件が決められてくるという事です。

しかし、この【生年四化】の作用をよく理解すれば、人生は変えられるという事が判ったのです。

 

【生年四化】は、人の様々な「性格・個性・短所・長所」を司っている星なのです。

自分の【生年四化】を知ることで、人生の生まれ持ったシナリオを知り、それを変えることが出来る。

そういうことです。

 

そして、私は占い師になったのです。

「欽天四化」の判断は、まさに科学的と云えます。

心理学の分析にも応用できると感じます。